2021年6月6日 |
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アジアの風がまちを変える ~韓流だけでないエスニック文化の新しい刺激 コロナ禍の中であまり景気のいい話が聞こえてこない。まちを楽しくするはずの物販や飲食などの商業施設も、感染拡大を防ぐための休業要請で思うように営業ができず、新しいチャレンジにもなかなか踏み切れないようだ。そんな中でもいくつか興味深い動きがある。 まちのカルチャーを発信する「心斎橋ネオン食堂街」(心斎橋パルコB2)の開業 3月18日、「心斎橋パルコ」の地下2階にオープンした飲食フロア「心斎橋ネオン食堂街」は個性豊かな25の店舗で構成されている。境目の無いオープンな空間でさまざまな業種が渾然一体となった雰囲気が特徴である。マジックバーやダンスショーを行う四川料理の居酒屋やDJブースを備えたバー、KPOPイベントを手掛ける芸能事務所が経営する韓国酒場では所属アイドルがスタッフとして店頭に立つこともあるという。 事前情報なしに訪れたとき、雰囲気が他の飲食街とは違うと感じた。ショーなどのイベントが行われていない時でも、何かが起こりそうな雰囲気があった。元気があった頃の「アメリカ村」や、先端的な文化情報発信で注目を集めていた昔の「パルコ」の残り香を感じる。雑多な集積にはどこかアジアの屋台村のような躍動感がある。 多様な店が詰め込まれているフロア全体の雑然とした中での一体感。アートや音楽などのストリートカルチャーと飲食の融合により商業施設の中に個性のある「まち」がうめこまれているようだ。 以前「フードホール」について紹介したことがある。「フードホール」は美食や健康を中心的なテーマにした「高級フードコート」のようなものだとまとめたが、今はバルやオープンな居酒屋が集積した飲食ゾーンが「フードホール」と呼ばれている。 若者向けの「フードホール」の特徴 2月19日に開業した大阪梅田のJR高架下商業施設「梅田エスト」の「エストフードホール」は480坪の店舗面積に16店舗が出店し、220席の共有座席を中心にバルゾーン、ダイニング&カフェゾーン等で構成されている。ビストロやおでん屋とならんで、ここにも韓国居酒屋やカオマンガイ(タイ料理)等エスニック系の店舗が出店している。 ここの雰囲気もアジアの屋台街のようであることと、韓国居酒屋やエスニックフードが並ぶことなどあきらかにおじさんをターゲットにした従来の飲食店街とは違ってきている。若者をターゲットとした飲食コンプレックスでは手頃な価格とカジュアルな雰囲気で外国料理・スイーツを楽しめる「アジア」的な要素が欠かせない。 多文化タウン新大久保駅ビルに生まれた「食」の実験場「キムチ、ドリアン、カルダモン」
戦災で多くの住民が入れ替わったこの地域には、戦後に再建されたごく普通の商店が立ち並んでいた。近隣に韓国系のお菓子メーカーロッテの工場(1950年稼働)もあり在日コリアンの居住者が多く、また新宿歌舞伎町に近いことから歓楽街に勤めるアジア系の外国人も少なくなかった。 1990年頃からニューカマーと呼ばれる新しいアジア系の外国人の流入者が増加し、自国人向けに販売する食料品店や飲食店が目立つようになる。当時から東南アジアの様々な国の住民が居住していたが、圧倒的に多かったのは戦前からの居住者も多いコリアン系の住民だった。新大久保はコリアンタウンという認識が定着したのもこの頃だった。コリアンタウンといっても大阪の鶴橋などのようにオールドカマーが多く日常の生活拠点であるまちと、ニューカマーが集まって、新しくビジネスを立ち上げる拠点となるまちでは性格が異なってくる。 90年前後にはアジア系の食堂にも日本人向けの表記が記載されるようになった。エスニックフードに親しむ日本人も増えてきたからである。バブル景気の中東南アジアへの旅行経験者の増加が背景にある。 2003年の「冬のソナタ」の放映が韓流ブームに火を付け、新大久保は全国から韓流ファンが集まる聖地となった。コリアンフードの飲食店や韓国化粧品、食材を販売する店が並び、韓流アイドルがパフォーマンスを行うライブハウスがあるなどコリアンタウンのイメージが強まった。一方この時期、台湾料理屋やシンガポール風屋台村、マレーシア、タイのレストランも増加している、ムスリムを対象としたハラルフードを販売している店も多い。ゾーンによるが、まちを歩いていてもアジア系の店舗や様々な国の住民が多くマルチエスニックタウンという印象が強い。 アジア系の外国人が家を探したり、商売を始めたりするのに、コリアンというパイオニアがいたのでアパートも比較的借りやすく、溶け込みやすいまちの空気がある。さらに老朽化したアパートが多い為に、家賃が安い。新宿に近く交通の便がいいこともプラスにはたらく。 全国的な傾向なのだが在留外国人は長らく,中国人、コリアンが多数派だったのだが、近年は伸びが大きいベトナム人を始め東南アジア、ネパール等からの入国者も増えている。 技能実習生など派遣先の労働環境などに解決すべき課題がある一方、留学生は卒業後も日本でビジネスを起業して成功をめざしている人も少なくない。起業をするにしても同じ環境にある外国人が多く住む地域で活動する方が情報を集め安い。 現地観察調査は平日の夕方に行ったのだが、コロナ禍の中でも多くの賑わいがあり、路上での人と人との会話が多く活気がある。休日には韓流ファンの観光客が押し寄せてさらに賑わうのだろう。当日移動した青山通と比較しても違いを感じる。 3月28日、JR新大久保駅の駅ビルの3~4階において、JR東日本がフードラボ「キムチ、ドリアン、カルダモン、、、」を開業した。 3階はシェアダイニング。180㎡の空間に50席の座席と3つの厨房が用意され,貸し出しされている。オープン時は5月までの期間限定店舗(ポップアップショップ)として「エシカル」「SDGs」「フードテック」「地域性」のテーマでセレクトされた店舗。水餃子やスパイスカレー、卵かけごはん、いちごスイーツなどの店舗が営業している。ここでは短期間で店が入れ替わるので実験として店を出店できる。 消費者向けのポスターでは「フードホール」という紹介をしている。フードホールとしてはやや小振りな印象を受けるが、4階と連動したフードラボの一機能と考えれば納得できる。多国籍シェアアダイニングは株式会社アスラボが運営する。 4階は310㎡の空間で食関連のコワーキングスペースとなっている。製造許可を取得したファクトリーキッチンを株式会社CO&COが運営する。インキュベーション機能もあり、ここで開発された商品は将来的には1階のスーパー「NewDays」でも販売される。 新大久保という多国籍タウンを活かし、在日外国人に対する人材育成や起業支援プログラムの提供も行う。海外のフードラボとの連携で食の研究開発が進み「新しい食文化」が創発される事を目指していると発表されている。 店舗名からアジアンフードを連想させる香辛料の名前を使用し、ポスターなどのビジュアルもエスニックフードを中心にしている。箸なども韓国風の金属の箸を使っている、特にエスニック業態を意識しているわけでは無いが「国際性」「ゆたかな食文化」という地域性を中心にコンセプトが策定されたのだろう。 JR東日本ではグループ経営ビジョン「変革2037」に基づいて山手線を起点に,まちの個性を引き出し,まちや人が有機的につながる個性的な都市生活空間「東京感動線」を創り上げていく、その取組の一環であるという。 施設名称は「Kimuchi、Durian,Cardamon、、、」だが正式には「、、、」のあとに「Beans,Chicken,Sesame,Chive,Eel,Fennel、、、」と99の食材の名前が続く。 コリアンタウンからマルチエスニックタウンへとイメージが変化し、アナーキーであるが活気のある地域の勢いを、JR東日本というお堅い企業が取り入れようとしている姿勢が興味深い。 千葉県松戸市に「アジアンフードガーデン」が生まれたわけ 千葉県松戸市に存在した「伊勢丹松戸店」は2018年3月に閉店した。2019年4月に新しい「商業施設「KITEMITEMATUDO」として生まれ変わった。食品スーパー「ロピア」や大型専門店が入店する複合商業施設である。2019年7月、10Fにアジアをテーマにしたフードホール「アジアンフードガーデン」がオープンした。 入り口に飾られたシンガポールの観光シンボル「マーライオン像」はシンガポール政府観光局に承認されたものでランドマークになっている。タイ屋台ガッチキやシンガポールフードガーデン、ベトナム料理チャオベトナムなどのアジアンフードだけでなく、うどん屋やちゃんぽん、ラーメンなど日本料理も揃っている。 共有の席数は374席。フロア面積は2,800㎡である。テーブル席、ファミリースペース、カウンター席などゆったりとした配置で店舗のカウンターの周りに配置されている。 郊外立地で,味にくせのあるエスニック料理の集合であることはリスキーであるし、コロナ禍で滑リ出しは順調とは言えないそうだが、意欲的な試みといえる。 なぜ、松戸市でアジアンフードガーデンなのだろうか。松戸市ではこの数年外国人居住者が増えている。中国人に次いでベトナム人の増加率が高い。(図 参照)これは千葉県の近隣市では見られない傾向で、市ではベトナム語の「生活ガイドブック」を作成している。 外国人が増加した理由としては「市内のベトナム人向け日本語学校が好評なことと市内企業のベトナム進出で松戸に親近感を持つベトナム人が多い為ではないか」(産経ニュースより)といわれている。 新大久保のようにまちなかに外国人向けの店舗があふれているわけではないが、アジアンカルチャーをコンセプトにする文化的な下地は感じられた。
アジアの活力を取り込む戦略が必要 4月22日の朝日新聞の夕刊に「K-POPスターを夢見る日本人」という見出しで、大阪府茨木市の「コリア国際学園」に新しく設置された「K-POP・エンターテイメントコース」の入学者13人がすべて日本人だった記事が掲載されている。在校生は在日コリアンや韓国からの留学生が中心だが、K-POPアイドルを目指す日本人が増えている証だろう。 中年以上の男性にはコリアンへの偏見、根拠の無い優越感を持つ人も少なくないが、2~30代の若い世代ではその意識は薄い。BTSや「パラサイト半地下の家族」でアカデミー賞を獲得したボン・ジュノ監督のように世界的に活躍する人材を生み出している。かつての韓流ブームのように一過性のものではない。 コリアンだけに限らず、今回みたように日本をベースにしたアジア系の外国人(インド・ネパール、中近東を含む)の活動はまちの活力に欠かせないものになっている。今までインバウンドにばかり注目が集中していたが。この機会に日本の中のアジアにあらためて目を向ける必要がある。 もちろん、不法滞在者の増加、技能実習生の課題、さらに国と国の関係の影響を受けるなど副反応はある。しかし、少子高齢化が進み、国としての活力も衰えがみえるなか、「安い労働力の供給先」「お金を落としてくれる観光客」といった旧来の固定観念方を超えた「アジアの活力」の取り込みを始める必要がある。 (参考文献) 「オオクボ 都市の力 多文化空間のダイナミズム」稲葉佳子(学芸出版社) |